仕事について

こんにちは
鍛治本です

仕事って一体なんだろう?と最近考える。

今の所の僕の一番の仕事である役者業は、このコロナ騒ぎで一時お休みを余儀なくされている。

でも、ふと思った。
役者業はストップしているはずなのに、僕の日々の作業量はあんまり変わってない。

ここで、僕は自分の中での認識のズレに気がついた。

仕事=すぐ対価(お金)として返ってくるもの

という認識が、根っこにはまだ残っていた。


アルバイトなんて一番その分かりやすい例だ。
自分の身体と時間を時給という形でお金に替える。(あとは、主婦主夫業のように直接お金で返って来なくても立派な仕事もあるが、またそれは別の話)

僕は、気づいたら、その形じゃない仕事の仕方をいつの間にか、模索し始めていたんだな。

いや、もちろん、お金は大事だし、お金のことを考えられないと、演劇自体が衰退していくから考えている。

でも、それは物を提供した見返りとしてお金がそこで支払われる、即金文化ではなく、もう少し、存在とか価値に特化した形を模索しているということ。

模索しているというか、世の中はその方向へ変わり始めている。

例えば、居酒屋さんにいく理由が、「お酒を飲む、食べ物を食べる」だけだったら、もちろんお酒や食べ物が安いお店に行きたいに決まっている。

でもそうならないのは、他の価値、ゆっくり落ち着いた雰囲気で飲みたい、とか、知らない人ともワイワイできる、とかの場所としての価値がくっついていたりするから。

で、もっといくと、仲良くなった店主や店員さんと楽しく話したいから、とか、ずっとお店を続けて欲しいから、といった理由で、つまり(同じお金を使うなら誰にお金を使いたいか)という理由でお店を選ぶようになる。

このSNS時代で繁盛しているお店は、そういったことに取り組んで、お店や、人そのもののファンを獲得している気がする。

ファンを獲得する。
ともすると、人に見られることを生業としている我々が一番やっていそうだけど、ちょっとその中身が違っていて、ファンの数を競うんじゃなくて、ファンの深さを増す方向に我々もシフトしなきゃいけないんだと思う。

究極、この人にずっと生きてて欲しい、そして活動を続けて欲しい、と思ってもらえる存在になること。

そうなると生きていることが仕事になる。

もちろん、ただ生きているだけじゃなく、コンテンツが充実していることが必須条件になるのは言うまでもない。

その為に、日々嘘をつかず、日々何かにチャレンジし続けるしかない。
言うは易く行うは難し。

最後に、存在することだけが、もっというと、ご飯をもらったり、世話をしてもらうこと自体が究極の仕事になっている完全体の写真で今日は、お別れしようと思う。最先端ビジネスモデル。

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