変化

こんばんは
鍛治本です。

昨日、夜、SHOWROOMをやっていて、色々思うところがあった。

基本は、毎朝、8時から30分やることにしていて(今日で初めて187日目!)、
夜の配信は、たまにやってくれという熱い要望にお応えして、突然やっている(#鍛治本が乾杯したいだけ説

で、喋ってて、ちょっとゾッとしたというか、すごいなと思ったのは、こうやって自宅から、気軽にお客さんに向かって生で配信をする世の中が当たり前になってきていること。
これは今回のコロナ騒動より前からそうなっていら。

SHOWROOMやっときながら、今更何を言ってんだって話ですけど、ふと振り返って、それがいかにすごいことか、痛感した。
これは、技術的な方面でのことではなくて、精神的なことというか、それを受け入れる心持ちの話。視聴者として参加する側も、配信をしているこちら側もだ。

話していて、ふと、思い出した。
すごくおぼろげな記憶で申し訳ないのだけど、海外(フランスだったかアメリカだったか。。)で、24時間、家に複数台のカメラが設置されていて、カップルの生活を撮影して、それをただただ放送するというコンテンツがあるという話を多分、10年ぐらい前かもうちょっと前だったかに聞いた(#すべてがおぼろげ

まずは、表現者(配信者)側の感覚として、それはちょっと嫌だなあと思ったのを覚えている。

テレビでも、演劇でも、しっかりと準備(稽古して、衣装を着て、メイクして、プライベートじゃない場所で)をして本番に臨む。
それを、自分の自宅を、しかも限りなく油断しているであろう瞬間を取られるのは、絶対無理だなと思ったと思う。

そして、視聴者側の感覚からも、人のプライベートを覗き見る感覚(本当にプライベートかは置いといて)そこに面白さを感じなかった。

そして、きっと一種の話題作りで、流行らないだろうな、とも。

ところがどうだろう。
現状については僕が説明するまでもないと思うけど、
今や、みんな、自宅から、リアルタイムに配信をしているし(もちろんコロナで止むを得ずの人もいるだろうけど)、
YouTubeでも、モーニングルーティーンや、人の日常を切り取ったVlogが人気だし、
テレビでさえ、テラスハウスのような(ほんとのプライベートかどうかは置いといて)、男女の日常を、外ではなく、生活の場を撮影する番組も増えてきている。

生配信が気軽にできるようになった、技術の向上と、人の意識の変化(やる側も見る側も)が、急激かつ、意識しないうちに起きているんだと、昨日改めて思った。
表現者は、いつまでも『表現者たるやこうあるべき!』という代々の教えに固執していると終わっていくんだなと再認識。

もちろん信念は大切。
だけど、今持っている『こうあるべき!』が本当に己の核にある思いからのものなのか、はたまた、その業界で培われて、疑うこともなく引き継がれたものなのか、しっかり一人一人が考えた方がいい時代になったんだと思う。

どういう信念で、表現をして、誰にそれを届けたいのか。

こうやって書くと、これマーケティングとかビシネスと一緒だよね。

長くなったので、明日もこの続きを。

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